久しぶりのブログ  2018年を振り返ります

本当に久しぶりのブログです。

  2018年最後の今日、みなさんにとっても1年を振り返る大晦日ですが、僕の場合はそこに「誕生日」という節目も加わり、感慨深いものがあります。この1年、いろいろなことをしました。夏には拙著を原案にした舞台「宝塚BOYS」が東京、大阪などで5度目の再演。6月18日に起こった大阪北部地震の当日に大阪公演の製作発表が行われ、たいへんな目をして会見場にたどり着き、また帰りのタクシーに乗るのに3時間以上待ったのも「思い出」。久しぶりにリーガロイヤルホテル大阪での講演もしたし、落語、講談、浪曲といった大衆芸能にも触れる機会が増えました。さらに、有馬稲子さんの朗読会、ジャズと浄瑠璃、常磐津がコラボした「和Jazz」公演のコーディネートも貴重な経験。また、FM宝塚で特別番組を構成したのも初めての経験でした。その一方、「ライター」としては思うような成果がなく悔しい想いをしていたのですが、残念なことながら7月13日に亡くなられた浅利慶太さんの足跡と追悼を込めた文章を演劇雑誌に掲載することができました。といっても、もちろん順風満帆というわけではなく、知人たちの「うまい話」についつい乗ってしまい、怒りと哀しさを痛感したいくつかの出来事も。さて、来年はどんな年になるか、不安と期待が入り混じった大晦日を迎えています。

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2015年を振り返って

   昨年の暮れから今年の3か月にかけては、思いもしなかった「おたふく風邪」にかかり、マスクをつけても左頬の膨れがわかるほどで、家にほぼ監禁状態。正直言って、2015年はどうなるのか?と不安を抱えて新年を迎えました。その時点では特別の目標、やらなければいけないことも見当たらず、これも不安材料でした。そんななか、こちらは思いもしなかった(いい意味で)、2つの出来事が舞い込んできました。  

  1つは毎年10、11月に文化庁が行っている芸術祭の選考委員を仰せつかったこと。それも、得意の?舞台部門ではなく大衆芸能部門(いずれも関西地区)でした。落語は話題の公演などは行くようにはしていたのですが、専門というほどではなく、まして講談、浪曲などは…。所詮、付け焼刃にすぎませんが、それではあまりに失礼と今年初めあたりからできるだけ、寄席を見に行くようにしました。すると、これがなかなかおもしろく、表現形式は違っても演劇や映画などと共通項が多いものだなと再認識。これまでよりよけいに「振り幅」が大きくなり、劇場通いでいっそう忙しくなった1年でした。

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 もう1つは、宝塚歌劇団が101年前に初公演を迎えた時に「ドンブラコ」で主役の桃太郎を演じた高峰妙子さん、音楽教師として草創期の宝塚を支えた安藤弘さん、千笑さん夫妻の資料が見つかり、高峰さんの娘さんともお会いできて貴重な話が聞けたこと。偶然にも?これまであまり脚光を浴びなかった高峰さんが、明日(1月1日)に「宝塚歌劇の殿堂」に殿堂入りするというのも、うれしい知らせ。単行本とはいきませんが、春頃には「1世紀を越えて甦った」2人の熱い絆を発表する予定で、いま筆を進めています。
 さて、2016年はどんな出会いがあるか?相変わらず、駆けまわろうと思っています

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2014年を振り返って

  せわしない時に…」とみんなに言われるのですが、本日大晦日に62回目の誕生日を迎えました。無事にと言いたいところですが、27日朝に起きると、顔の左半分になんか違和感があり、鏡を見るとぷっくりと腫れていました、あわてて病院に行くと、「おたふく風邪ですね」とのこと。幼い頃に終わっていたと思っていたのですが、まだ「未経験」だったようです。他人に移す可能性があるということで、外出禁止に。予定していた約束もすべてキャンセルして、「静かな年末」になりました。おかげさまで回復に向かっているのですが、まだ腫れているのか?太った?のか自分でもわかりません(笑)。 10437553_539899879455400_42757631_2


んな年末を別にすると、2014年もあわただしく駆け巡りました。タカラヅカ100周年ということで、取材や講演などが増えました。しかし、正直言って「実」よりも「名」の要素が大きかったのですが、おかげで貴重な体験ができました。なかでも、7月末から4日間にわたった出演したNHK「ラジオ深夜便」は、ひとり語りの難しさを痛感。自分でも聴くのが恥ずかしい出来でしたが、思わぬ反響があったり、それをきっかけに新たな出会いがあったりして、忘れられない思い出です。また、リーガロイヤルホテルなどでの講演もいい勉強になりました。また、OSKを題材にした舞台「道頓堀パラダイス」への企画協力は、タカラヅカ大好き人間?と勘違いするなかで、自分ではやりがいのある出来事でした。

10717668_582075391904515_689831289_Image2 プライベートでは、いろいろな同窓会があった1年でした。まず、3月に小学校時代の4人が数十年ぶりに再会。懐かしのアニメ主題歌などカラオケで歌いまくりました。7月には、大学のゼミ全学年合同同窓会を開催。いろいろたいへんでしたが、160人の先輩や後輩が集まり、これも来年に繋がる出会いにありました。さらに10月には、ゼミ1年の時の10人と旅館で旧交を温めました。彼らとはすっかり疎遠になっていたのですが、またメンバーに入れてもらえることに。さらに12月には、4年に1度の高校2年の同窓会も開催。そして、かつて勤めていた新聞社の同僚たちの忘年会にも声をかけてもらったのに大感激しました。

 一方で「ライター」と名乗っておきながら、こちらは思うようにいかない年でした。かろうじて、共同通信と雑誌「上方芸能」に、タカラヅカ100年を分析する文章を書けたのが、足跡といえるでしょう。 2015年は、こうした出会いを大切にしながら、それに浮かれることなくなにか形に残るものを生み出したいと思っています。

 

久しぶりのブログ更新でした。実は最近は、フェイスブックで近況を発信していて、これはほぼ毎日というほど。よければ、そちらも見てください。

 

 

 

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約40年ぶりの再会、青春が甦りました!

10726466_582083231903731_588970247_ どういうわけか今年は同窓会のラッシュ。小学校、高校、大学とそれぞれの学生時代の仲間との再会が続いています。今月11日には、大学1年生時代に同じゼミだった仲間10人と、道頓堀の大和屋本店で卒業してから約40年ぶりに会い、酒を酌み交わしました。大学3.4年のゼミ仲間とはときどき同窓会をしていて、今年も8月に集まったばかり。実は、1年の時のメンバーが連絡を取り合っているのは最近まで知りませんでした。大学にはクラスというのはないので、なにもわからずに入った1年のときの出会いが結構、生涯の友となるもので、彼らのなかでは下宿組も多くて、麻雀などでよけいに仲良くなったようです。僕は自宅から通っていたし、麻雀は知らないし、自分では彼らが覚えていてくれてないのではないか?と不安な気持ちもあったのですが…。会った瞬間にそんなことは吹っ飛びました。10717668_582075391904515_68983128_2

 1年の学園祭の時に、「天下茶屋」という餅屋をやりました。僕の自宅にあった臼と杵を運んで、目の前で餅つきをして、売ったのですが、いま考えると、よく買ってくれて人がいたなあと思うほどお粗末なものでした。記憶が薄れていたのですが僕が「やろう」と提案したのだそう。変わりませんねえ。仲間が持ってきてくれたその時に撮った写真は、みんな笑顔で輝いていました。嬉しいことにそのメンバーのほとんどが集まったのです。「ビフォー」「アフター」はちょっとつらいところもありましたが(笑)。まさに青春に1ページです。再会というよりも、新たな出会い、仲間ができたような嬉しさがこみあげてきました。「数年後に、もっと仲間を探してやろう!」と誓い合いました。

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こんな記事が載りました

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 昨日(831日)の朝日新聞朝刊を開いてビックリしました。日曜は書評面を読みのが楽しみなのですが、ふと見ると特集は「宝塚歌劇100年」。そこに渡辺裕(東京大学教授)が、僕の著書「少女歌劇の光芒」(共著)と「男たちの宝塚」を取り上げていただいているのです。「少女歌劇の光芒」はなんと写真つき。しかも、隣りに掲載されている「近代日本の音楽文化とタカラヅカ」は、大学のゼミで指導していただいた津金澤聰廣先生が編集された本。先週(823日)にゼミの全学年同窓会を開いて、先生ともお会いしただけに運命的なものも感じました。

 うれしくて、さっそく先生に電話したところ、「こんな朝早く…」という声だったのが、「そうか!」という答えが。いままでやってきたことが、また報われた気がして爽快な1日でした。

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母校のゼミ合同同窓会を開催しました

Dsc_5091Dsc_5092 8月23日に母校・関西学院大学の津金沢ゼミの全学年合同同窓会を開催しました。もちろん(笑い)、幹事をさせていただきました。このゼミは1970年3月に卒業した1期生から32期まで700人ほどがいます。僕は7期生なのですが、就職留年して記録上は8期生。そのぶん、2学年の同窓会がいるのです。企画した段階では、どれくらいの人が出席するのか数が全く読めなかったのですが、開けてみると150人強という大盛況。会場はほぼ「満員電車」状態で、開宴したらロビーなどへ「避難」する人も大勢いるかな、と予想していたのですが、みんな懐かしい友との歓談するためにその場を離れず、まさに熱気に包まれた宴になりました。

 恩師は81歳なのですが、お元気でほとんど立ったまま教え子と話されていました、これだけの大人数なのに名前と顔を憶えられているのは、さすがと感心。最後は、みんなが手をつないで輪を作り、そこをくぐって退場するというハプニングもあって、心温まる会になり、ほっとしました。

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NHK「ラジオ深夜便」収録しました

10437553_539899879455400_42757631_2 NHKラジオ「ラジオ深夜便」の収録が終わりました。この日(14日)が近づくにつれてだんだんと緊張。ノドのために珍しくここ2日間は禁酒してNHK大阪局での収録にのぞみました。先日のディレクターとの打ち合わせでは「原稿を書くと棒読みになりますね」と偉そうなことを言いましたが、やっぱり原稿がないと不安。自分なりにはあまり無理なく?話したたつもりですが…。
 7月28日から31日午後11時40分頃からの4回、「ないとエッセイ」で「昭和の少女歌劇ブーム」を話します。

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「ラジオ深夜便」に出ます

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 発売中の雑誌「ラジオ深夜便」にこんな記事が掲載されています。NHKラジオのこの番組の「ないと
エッセー」に7月28日から31日まで出ます。テーマは「講演3連戦」とはまた違う「昭和の少女歌劇ブー10330333_530074263771295_65106558_2
ム」。宝塚が誕生した後に全国で結成され、はかなく消えていった少女歌劇を話します。4日間とも日付が変わる前の時間帯のようです。来月中旬にNHK大阪放送局で収録です。 時間があれば聴いてください。

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講演をします

 

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 ありがたいことに、今週から来週にかけて3つの講演をします。まず、12日午後1時半からは伊丹市立神津福祉センターで「宝塚男子部」について話します。こちらは1回聴講でもOKで735円。18日には芦屋市立公民館の芦屋カレッジでこれも男子部のことを話し、ホンモノの男子部・吉井孝明さんとのトークもします。ただし、これは残念ながら会員だけのイベント。そして、20日1時半からはリーガ・ロイヤルホテル大阪で「戦争に翻弄されたタカラジェンヌたち」を。この催しでは、貴重な総天然色の映像を公開。これはめったに見られないものなので、僕の話はともかく、絶対に損しないですよ。ビジター料金2100円です。そして、来月には、また違うテーマで「話す」ことが決まっていますが、これはまた改めて。Img048


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舞台「道頓堀パラダイス」に企画協力しました

10320589_514538598658195_70692669_2 大阪松竹座で「道頓堀パラダイス~夢の道頓堀レビュー誕生物語」が9月13日から24日まで上演されます。この公演の出演者に新たにキンタロー。さんが決まりました。お笑いでブレイクした彼女ですが、大学時代が競技ダンス部に所属、芸能界に入る前は社交ダンスの教師をしていたというキャリアを持つだけに、笑いだけでなくキレのある踊りも見せてくれそうです。そして、このチラシの左下には「企画協力」として僕とOSK日本歌劇団の脚本・演出を手掛けている吉峯暁子さんの名前がクレジットされています。それ...はこんな訳です。
 7年前に拙著「男たちの宝塚」を原案にした舞台「宝塚BOYS」が初演された後、吉峯さんから丁重な手紙をもらいました。こうしたエンターテインメントの実話をベースにした作品も手がけたいということで、さっそくお会いして、これも拙著の「少女歌劇の光芒」(共著)を基にした作品構想を練って提案しようということになり、実現のために何度か話し合いました。時間がかかりましたが、それがようやく、ちょっと違った形で形になったのです。その経緯を知る製作の松竹が敬意を表してくれて、チラシとポスターにクレジットを入れてくれたといわけでです。ジャンルでいうといわゆる商業演劇ですが、演出がわかぎゑふさんということで、「宝塚BOYS」に続くレビューを舞台にした人間ドラマにしてほしいと期待、もちろん全面協力します。
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